製品の画像検査にAI導入を計画
超硬ドリルやエンドミル、金属加工機器などの製造企業、ユニオンツール。電子回路基板に部品を固定し、配線を行うための微細な穴を開ける「PCBドリル」で世界シェアをリードする。世界を代表する半導体メーカーの高集積なCPU、GPUなどの部品が稼働するためには、同社のドリルが基板に開ける「穴」が不可欠だ。
ユニオンツールの高い技術を支えているのが、製品を製造する装置の開発までを含めた徹底した内製化である。同社の篠﨑亮氏(生産技術部 副部長)は次のように語る。
「当社は“何でも自分たちで作る”という企業文化が根付いています。プリント基板(PCB)メーカーなどのお客さまが求める製品を実現するため、製造装置も自前で開発し、オーダーメイドで製品を製造しています」
【キャプション】ユニオンツールの篠﨑亮氏
GPUやCPU向けのパッケージ基板メーカーをはじめ、中国や北米などに多くの顧客を抱え、カスタム製品を製造する。製品の種類は常時1000点以上、ドリルの刃先などの試作品だけでも1万点を超える。
当然ながら、製造工程では検査が重要な役割を果たす。製品検査は全数検査と抜き取り検査の場合があるが、PCBドリルの刃先は髪の毛よりも細く、肉眼によるチェックが難しいため、作業者が顕微鏡をのぞき込んでチェックする。
この作業は負担が非常に大きく、熟練を要する。将来の人手不足を考えると、人の技量に頼った検査体制を持続するのは難しい。そこで篠﨑氏が所属する生産技術部は、2023年からAI(人工知能)を用いた画像検査の検討を始めた。
「製品をカメラで撮影して、ゴミの付着や汚れなどによる不良品を検出するわけですが、問題はスピードでした。ベテランの作業者なら、複数のドリルを一度の目視でチェックできるため、1秒間に数本は処理できます。同じことを機械にさせようと思うと、AIによって高速で処理して、スループットを上げなければ追いつかないことが分かりました」(篠﨑氏)
こうした課題を解決するため、GPUを活用したAI検査装置の開発に至った。
良品を学習するAI検査装置の仕組み
開発されたAI検査装置は、検査に合格している製品の画像をあらかじめ多数撮影して、それをAIに学習させる。不良品ではなく、良品の画像を用いるのには理由がある。
「ドリルの不良率は極めて低く、不良と判定する状態にはさまざまなケースがあるため、不良のバリエーションを多数用意することは現実的に難しいのです。そのため、良品を学習させて『良品でないもの』を不良と判定する仕組みを採用しました」(篠﨑氏)
良品の学習と並行して、検査に使う撮影装置の開発も進めた。微細なドリルの刃先を回転させながら撮影する仕組みは試行錯誤を繰り返し、完成までに約1年を要した。
「AI-Stack」を導入し、GPUリソースを効率的に共有
生産技術部で、ソフトウェアの開発を担当するのが技術二課だ。同課の林伸一郎氏(係長)、新保貴也氏(副主事)がAIによる画像検査システムの開発を担当した。
「当初は各自のPCに内蔵できる小規模なGPUを導入して、2台で学習を開始しました。実際の学習やプログラミングはスムーズに進みましたが、GPUを使う環境を設定するのにかなり時間がかかってしまいました」(林氏)
【キャプション】ユニオンツールの林伸一郎氏
こうしたソフト、ハードの開発を並行で進め、AIを用いた製品の画像検査システムは、2025年中の稼働を目標に開発が佳境に入っている。
また生産技術部はAIを活用した生産の効率化を進めたいと考えており、より高性能なGPUを導入したいと考えていた。
「開発が進む中で部署のメンバーが増えてきました。1台ごとにスタンドアロンでGPUを導入するのはコスト的にも非効率で、個別に環境設定をするのも負担です。NVIDIAのGPUは標準でリソース分割の機能が使えることを知っていたので、チームでGPUを効率的に利用できないかと考えましたが、構成が複雑で設定に手間がかかりました」(篠﨑氏)
だが、データセンター用のGPUは大規模なリソースをターゲットにしており、同社の要件に対しオーバースペックだった。
GPU分割に可能性を感じつつも具体的な方法が分からずにいたところ、2023年5月に、展示会で出会ったマクニカからある提案を受けた。
「台湾のINFINITIXが手掛けるAI-Stackというツールをマクニカから紹介してもらいました。当社のニーズに合いそうな規模だったので、まずはテストしてみようということになりました」(篠﨑氏)
林氏と新保氏は、マクニカが提供するクラウド上の製品評価環境に早速接続して、AI-Stackの機能をテストした。その結果、同社のGPU利用の効率化にかなうと判断して導入を決めた。
実はAI-Stackは「GPUリソース分割」を超えたところにも魅力がある。単一あるいは複数のGPUで構成するリソースプールを、ポリシーに基づいて個人やチームに自動配分できる点だ。チームごとに最小/最大利用量などGPUリソースを設定する。例えばGPUリソースが全く使われていない状態なら、1チームが独占して利用することも可能だ。他のチームが使い始めた場合はポリシーに基づいて自動的に配分されるため、貴重なGPUリソースの利用率を高められる。
【キャプション】INFINITIXのAI-Stackは、企業のAI導入を飛躍的に加速させる業界トップクラスのAIインフラ管理ソフトウェア。GPUの分割/集約、クロスノード計算、異種クラウド管理、直感的なGUI、環境構築機能を統合し、GPU計算資源の活用効率を最大化。AIの高速なイテレーションにも柔軟に対応する
人間が休んでいるときもGPUを動かせる
AI-Stackの導入によって、複数のメンバーによるGPUリソースの共有が極めて簡単になったと、生産技術部は評価する。
「AIの開発プロジェクトが発生すると、コンテナを立ち上げて環境を構築します。GPUのリソースを分割して割り当てる作業を仮に手動で行う場合、担当者がその都度、Kubernetesを操作して設定を行わなければいけません。作業は複雑で、長い時間を取られます。AI-Stackを導入したおかげでそうした複雑な作業が不要になり、AIの学習データの検討や開発に専念できるようになりました」(新保氏)
【キャプション】ユニオンツールの新保貴也氏
林氏は、AI-Stackのスケジューリング機能を高く評価する。「AI-StackはGPUを分割して同時に使う場合の最適なリソース配分も行ってくれますが、もう一つ便利な点がGPUの利用を予約できる機能です。大量のデータを学習させる場合などはキューを登録して、ジョブを順番に並べておくことができます。金曜日に土日の間のGPU処理を予約して帰宅すれば、月曜日の朝にはできているわけです。以前のように、土日に誰かが出社してGPUを回す必要がなくなりました」
同社は現在、長岡テクニカルセンター内にNVIDIAのGPU「NVIDIA RTX A5000」を2台装備したGPUサーバを稼働させている。東京本社には、より高性能な「NVIDIA H100」を配備している。これらのGPUリソースはAI-Stackの共通プラットフォーム上で管理されており、今後は生産技術部以外の部署も利用を想定しているという。
社内でAIを活用できる人材を育成
AI-Stackによって、GPUリソースを効率よく分割しながら活用する態勢が整った。だが篠﨑氏は、社内にはAIを活用できる人材がまだそろっていないと話す。
「間接部門にこそAIによる効率化が効く業務が山のようにありますが、効率化のためには開発、製造、管理部門の全てでAIを活用できる人材を育てなければいけません。そのため別部署から生産技術部に3人呼び入れて、AIを利用した業務改革を検討するプロジェクトを始めています」
プロジェクトメンバーの1人が、池津駿一氏(第一工具技術部 PCB工具開発課)だ。池津氏はドリルの設計者だが、AIを使って社内文書の有効活用を進めたいと考えている。
「社内には報告書などでさまざまな技術情報が散在していますが、これまではその知見を活用できていませんでした。そうした文書にはお客さま独自の仕様など社外秘の情報が多く含まれており、外部のAIに投げて学習させることはできないため、社内にAI環境を作ってローカルLLM(大規模言語モデル)の構築を検討しています」(池津氏)
【キャプション】ユニオンツールの池津駿一氏
同社が製造する工具は、顧客ごとに特注で作るものが多い。顧客ごとにPCBの材質や表面の加工状態などが異なり、それらの関連文書は新たな製品を開発する際のノウハウの宝庫といえる。生成AIと社内情報を検索する仕組みを組み合わせて回答精度を向上させるRAG(検索拡張生成)などの手法を用いて、過去の知見を有効活用しようと池津氏は構想している。
今後、複数の部署でAIを活用することが増えていくと、AI-StackのGPUリソース分割機能がますます生きてくるだろう。
導入を見守ったマクニカのサポートを評価
ユニオンツールのAI-Stack活用プロジェクトにおいて、ディストリビューターとしてのマクニカの存在は心強いと、篠﨑氏らは口をそろえる。
「実はAI-Stackの導入時、何でも自分たちでやるという当社の体質が裏目に出てしまいました。社内のメンバーで何とか入れようとがんばったのですが、かえって時間がかかってしまったのです。マクニカの担当者はずっと寄り添ってくれており、私たちの意思を尊重して導入を見守ってくれました。本当は手を出したくてうずうすしていたかもしれませんが(笑)、どうしても難しいところだけをサポートしてくれた印象です」(篠﨑氏)
強力なGPUをAI-Stackによって効率的に管理できる環境を手に入れたユニオンツールは、生産技術領域だけでなく、AIによって全社業務の効率化を目指す。自前で作ることを徹底する気質と、良いと判断した道具は積極的に使う柔軟さの融合で、AI活用の成果を出す日は近そうだ。
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